タイ王国の商標事情
第15回 タイの知財 商標登録の現場(商務省知的財産局意匠部門)
1. 意匠登録の現場を訪問
このコーナーの初回でDIP(商務省知的財産局)の商標部を訪問し、タイの商標制度を紹介した。 今回は同じく商務省知的財産局の工業デザイン部門を訪ね、タイの意匠制度について、審査長 (Head of Industrial Design Group) である Ms.Usanee Sirireung について話を伺った。
OTOPの会場あ るいは、街中のマーケットを見て歩いてみても独自のデザイン商品が巷にあふれかえっていることに気づく。そう、タイにおいては意匠出願への関心は盛ん。タ イ国内企業が必死に権利化を試みているということは、外国企業もうかうかしてはいられないということだ。
2. 意匠ってなに?
訪問談の前に簡単に意匠について説明しよう。意匠という言葉になじみがない人(若い人は特にそうかもしれない)でもデザインと聞けば誰しも容易にわかるはず。
世の中に出回っているすべてのモノ(物品という)は何らかの形を持っている。 この物品の形がデザインと呼ばれるもので、工業製品(物品の一種ですね)のデザインを保護するための権利が意匠権である。
商品が店頭に並べられたとき、 雑誌等で紹介されたとき、消費者に真っ先に深い印象を与えるのがデザインである。 ほとんどの企業がデザインの開発に多額の投資を行っている。 意匠権は投資を水泡に帰せずに回収するために一役買っている。
タイで意匠権を確保するためには、出願申請し、登録を受けることが必要。 意匠出願書類を受理し審査する行政機関が DIP (商務省知的財産局) であり、この機関は日本のいわゆる特許庁にあたる。。
3. DIP 意匠部門の仕組み
- 意匠出願を審査する組織について教えてください。
(Ms.Usanee)「意匠部門は2つのグループに分かれていて、それぞれのグループに審査官が3名ずついます。そのうち一人が審査長。いわゆるわたしの立場ですね。それからほかに補助審査官とよばれる者が4名ほどいます。 この4名はいわゆる臨時スタッフです。」
- 意匠出願書類は、必須項目がきちんと記載されているかをチェックする形式審査を経たのち、審査官によって、登録要件を満たすか否かの審査がされる(*1)。
(Ms. Usanee)「グループ分けは、①General Products 部門、文房具や、テキスタイルといったものを扱う部門です。 ② Industrial Products 部門、自動車、建築物、電気製品等を扱いますに分かれています。」
- 1ヶ月にだいたいどれくらいの件数を審査しているんですか?
(Ms.Usanee)「月に20件程度ですね。日本のシステムと同様、我々もバッチ処理で審査をしています。目下の問題は、審査官の中に若い人が多いこと。経験年数が少ないものが多いことが問題です。」
- それは、ちょっとばかり問題では?
(Ms.Usanee)「ですから、週に2回ほど、審査官を集めて研修会が行われています。」
- 審査官になるためにはどんな条件が必要ですか?
(Ms.Usanee)「まず大学で工業デザインを専攻していること、または、建築のBAを持っていることが必要条件になります。」
- 出願から登録されるまでどれくらいの時間がかかりますか?
(Ms.Usanee)「1年から1年半ほどです。日本と審査を行う際には同様バッジ処理を採用しています(*2) 。ただし物品によっては非常に多くの出願がされているものと、たいした数の出願ではないものとがあるため、時間のかけ方はカテゴリーによって異なりますが。」
4.審査に関する話
- 審査にあたって、一番苦労するのはどんな点ですか。
(Ms.Usanee)「新規性を審査するにあたって厄介なのは、証 拠を見せる点。先行デザインが印刷物に掲載されているならば、出願人にその旨を添えて登録できない旨を説明するのは簡単ですが、実際に市場にあるけれど、 印刷されていないというような場合ちょっと厄介です。」
- 新規性を審査するのに通常使用されているツールは何ですか?
(Ms.Usanee)「タイ国内の公報。それから使いやすさの点から重宝しているのは、アメリカ公報です。この二つについては確実に新規性判断の際に使っているものです。」
- 類似性の審査についてはどうでしょうか。
(Ms.Usanee)「類似性はさらに審査が難しい。よくグループ内で類似している、していないといった検討も行われています。審査をする際のマニュアルはあるものの、実際のプラクティスが、審査基準にぴったりというのもまれですし。」
- 審査基準というのは一般に公開されているものですか。
(Ms.Usanee)「かなり前に作られた審査基準があります。最近、改訂版の発行の話がでていますが、具体的にいつ頃になるのかについては不明。今年の半ばあたりかもしれません。」
- どこの国の審査官も同じ悩みはあるのでは。
(Ms.Usanee)「さらにタイの場合、類似であるという理由で拒絶理由をだしてしまうと、出願人側には応答の機会はありません。日本では違うようですが」
- 日本では、どんな拒絶理由であっても、出願人は審査官の初期判断に納得できなければ、所定期間内に意見書を提出し、審査官に再検討を要求する機会が与えられていますが。
(Ms.Usanee)「完全同一ならともかく、類似しているか否かの判断は難しい。 さらに出願人の弁明の余地がない。そのため審査にかかるプレッシャーも非常に大きくなっています。」
- うーん。なかなか大変そうですね。
5. タイと日本でちがうこと
- 日本や欧州では一般的になりつつある「部分意匠」などはまだ登録が認められていないということですが。
(Ms.Usanee)「そうです。残念ながらタイでは「部分意匠」(*3)というものは認められていません。部分意匠制度は、企業や出願人にとっては非常に使いやすいものだときいています(*4)。が、部分意匠を導入するためには、図面の提出、クレームの請求など通常の出願とは異なる手法をとらなければならないと考えられるため、制度の採用には慎重にならざるをえません。」
- 組物制度 (*5)はいかがでしょうか。
(Ms.Usanee)「その制度もありません。日本では認められて いるカップアンドソーサーの組み合わせ、テーブルセットの組み合わせなどはこちらの国では一物品一出願の原則に反することになります。カップはカップだけ で出願。カップとソーサについて権利が欲しければ、費用は倍かかりますが、二つの出願をしなければなりません。」
- 意匠登録出願の必要性についてどう思いますか。
(Ms.Usanee)「意匠権は、デザインを守っていくうえで非常に重要だと思います。特にこの国では、テキスタイルのデザインなど権利化しておかなければ将来不要な争いが生じるおそれもあります。」
本原稿は、磐谷日本人商工会議所発行の「所報」に掲載された記事を改変・転載したものです。
注釈
(*1)
意匠権を得るための登録要件とは、大雑把にいうと①新しいデザインか、②他人の意匠と似ていないかという二つの要件だ。 <<
(*2)
意匠出願はヘーグ協定の分類に基づいてクラス分けされており、クラス単位で審査がなされる。 <<
(*3)
一物品一出願一権利が意匠権の原則。が、製品のごく一部にきわめて特 異なデザインを施した場合、その一部についてだけ特に権利が必要となる場合がある。そこで日本あるいは欧米諸国の意匠制度では、こうした一部分を抽出した 権利を認める制度が存在する。それが「部分意匠制度」と呼ばれるものだ。 <<
(*4)
たとえば携帯電話のテンキーに力をそそいでデザイン開発をした場合、 テンキーの部分を侵害されることがなによりも企業にとって手痛い。物品ごとの権利化となるとスクリーン部分やアンテナ部分、本体全部を含めて出願・権利化 することとなり、第三者によるテンキー部分の模倣を容易に防ぐことが困難だ。仮にテンキー部分のみを権利化することができれば、全体的なデザインが異なっ てもテンキー部分が同一・あるいは類似している他社製品を侵害として差し止めることが可能。これは企業にとって非常に使い勝手のよい権利である。 <<
(*5)
一物品ごとに権利化ということは、カップについてひとつの権利、ソー サーについてひとつの権利ということになる。が、実際市場で販売される際には、カップアンドソーサーとして組み合わされることが多いのはご存知のとおりで ある。そこでこうした組み合わせ販売される特定商品については一つのセットデザインとして権利化を認める「組物意匠制度」というのが日本では認められてい る。<<
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