タイ王国の商標事情
第13回 タイの知財 裁判の現場 (IP&IT裁判所)
ご存知のようにタイでは模倣商品の流通が激しく日系企業のみならず、外資系企業の多くがその対策に苦慮している。 当然侵害訴訟といった知財権に関する争いも多い。 タイの裁判制度はユニークで、知財に関する扱いはすべて一つの裁判所で行われている。それがIP&IT 裁判所だ。今回は、その IP& IT 裁判所の知的財産国際貿易中央裁判所事務局長である Mr.Tankarnjananurak Ruansgist( 知的財産国際貿易中央裁判所事務局長にインタビューし、タイの知財に関する裁判について語ってもらった。
1. IP & IT 裁判所ってなんだ?
正式名称を「The Intellectual Property and International Trade Court(知的財産および国際取引裁判所)」という。 1996 年に設立された知的財産権および国際商取引のみを取り扱ういわゆる専門裁判所だ (*1)。 現在では年間 4000 件ほどの訴訟が提起されている。年々取り扱い件数は着実に増えており、なおかつ専門裁判所としての評判も高い。
- 年間 4,000 件程度の訴訟が提起されているとのことですが、具体的にはどのような知的財産権が対象になっているのでしょうか。
(Mr.Ruansgist) 「著作権事件、商標事件がほとんどです。特許事件はそれほど数がありません。 年に 20 件にも満たない状況です。」
具体的な訴訟提起件数は、 Mr.Ruansgist にインタビューするよりも統計資料に当たるべき。 そう思って裁判所の URL に掲載されている資料をチェックしたところ、侵害訴訟件数は以下のとおりだった。商標権侵害、著作権侵害事件がそのほとんどだ。2001 年度で特許侵害事件に関する訴訟は、たったの 14 件しかない。
IP&IT 裁判所に出訴された件数一覧2001年度 出典
http://www.cipitc.or.th/
- IP & IT
裁判所ができて8年ほど経っていますが、専門裁判所が置かれたことのメリットはなにかありますか?
(Mr. Ruansgist) 「侵害を受けた側が訴訟をしやすい環境を整えることができたと思います。 これは毎年毎年侵害事件の提起数が増えていることからも明らかです。 また裁判官の専門化が図られたようにも思います。また裁判所では、常にこの経験をラオス、ベトナム、カンボジア、マレーシアといった近隣諸国の裁判官、弁 護士とシェアするようになりました。 また知財裁判所は国際的にみても先駆的であり、モデル裁判所となっています。」
- 日系企業による訴えの対象は商標事件が多いのでしょうか?それとも特許事件ですか?
(Mr. Ruansgist)「日系企業は商標事件よりも特許事件の方が多いようです。」まあ、多いといっても全体で20件たらずではあるのだが…。
- 民事事件よりも刑事事件のほうが件数は多いようですが、なにか特別な理由があるのでしょうか?
(Mr. Ruansgist)「権利者側が刑事事件の方を好むためです。タイの法律によると、刑事事件の場合、警察に事情を知らせるだけで済み、訴訟手続費用が安いというメリットがあります。 そのうえ、民事事件となると権利者側が自ら調査員を雇い、調査し、訴訟費用を負担しといったことをしなければなりません 。 費用・手続の面から刑事事件の方が好まれます。」
ここで、簡単にIP &IT 裁判所に訴訟を提起した場合の手続の流れを紹介しよう。
特徴的なのは、刑事訴訟は警察のみならず、侵害にあった人が直接裁判所に起訴できるという点。 が、実質的には、警察が本来やってくれるはずの調査を含めて自らが証拠固め等をしなければならないため、侵害に遭った者みずからが起訴するという事例は少ないようだ。
- 原告側はどこの国の企業が多いのでしょうか?
(Mr. Ruansgist)「アメリカ企業からの訴えが多いようです。そのほとんどが映画の著作権侵害に関する事件です。」
- 日系企業からの訴えは年々増えていますか?
(Mr. Ruansgist)「少しずつではありますが、増えているようですね。」
- 知的財産権の事件を扱う際に、裁判官だけではなく 「Assistant Judge 」が重要な役割を担っているとのことですが、この「Assistant Judge 」について説明してください。
アシスタントジャッジにはどのような人がなれるのでしょうか。
(Mr. Ruansgist) 「知財に関する造詣の深い人でなければなりません。 具体的には30 年以上この分野での活動経験のある人が対象となります。」
- 裁判官の任期は?
アシスタントジャッジの任期は?
(Mr. Ruansgist)「裁判官について特に定められた任期はありません。昇進や移動があれば他の裁判所に移ることはありますが。 が、アシスタントジャッジについては 5年と任期が定められています。」
- 知的財産権侵害の事件を扱っていて最近の傾向など何か目立つ兆候はありますか?
模倣の仕方等について、最近の目だった例などあったら教えてください。
(Mr. Ruansgist)「著作権侵害、商標権侵害に関する目だった特長として、被告がほとんどの場合、製造業者ではなく小売業者であるという点でしょう。 侵害者は身体障害者や、子供、老人、外国人といった小売業者として使っています。 これは万一彼らが逮捕された場合であっても、法的に情状酌量の余地があり、刑罰が軽減されるように考えてのことです。」
- 訴訟を提起する際、企業側で侵害に関する状況証拠等を収集するのが常ですが、これらを収集する際、どういった資料が有効資料とされるのか、審理をスムーズに進めるためには、どのような資料を集めるべきなのか、について教えてください。
(Mr. Ruansgist)「もっとも効果的な証拠資料とは、原告自身がきちんと知財の権利者であることを証明できる書類および、被告によってその権利が明らかに侵害されてい
るということを示す書類です。 ケースバイケースなのでどういったものがよいといったことを一概に説明はしにくいのですが。
実際、現在裁判所では、一事件について継続して審理にあたっており、原告被告とも審理が継続しているかぎり証拠を提出することが可能です。 通常、最初の審理から2 週間程度で審理が終わります。」
- IP &IT 裁判所ができて8年ほど経っていますが、専門裁判所が置かれたことのメリ
ットはなにかありますか?
(Mr. Ruansgist)「侵害を受けた側が訴訟をしやすい環境を整えることができたと思います。 これは毎年毎年侵害事件の提起数が増えていることからも明らかです。 また裁判官の専門化が図られたようにも思います。また裁判所では、常にこの経験をラオス、ベトナム、カンボジア、マレーシアといった近隣諸国の裁判官、弁 護士とシェアするようになりました。 また知財裁判所は国際的にみても先駆的であり、モデル裁判所となっています。」
- 日系企業による訴えの対象は商標事件が多いのでしょうか?それとも特許事件等ですか?
(Mr. Ruansgist)「日系企業は商標事件よりも特許事件の方が多いようです。」
- 侵害に対する意識について、裁判官の立場からみて日系企業の立場はどうでしょう。欧米企業に比べてどうですか?
(Mr. Ruansgist)「日系企業の侵害問題についての取り組み方はヨーロッパ企業あるいはアメリカ企業並みに真剣だと感じます。」
- 特許事件はそれほど数はありませんが、訴訟の提起から判決までどれくらいの日数を要していますか?
(Mr. Ruansgist)「通常、訴訟が提起されてから6ヶ月から8ヶ月で判決にいたります。被告が有罪の場合には、1、2時間で終わることもあります。」
- ADR や、和解といった手続が執られる事例は多いのでしょうか。
(Mr. Ruansgist)「ADRによる解決が図られるケースは多いです。昨年は60パーセントがADRによる解決となりました。」
知的財産権は確保するだけでは意味がない。知財権をもったら、活用することが大切。せっかく獲得した権利なのだから、きちんと権利を守り、権利を主張しよう。ときには侵害訴訟の提起も必要。が、訴訟提起、侵害対策を行うためには、なによりも日ごろの知財管理が大切だ。
タイ国内でどんな被害が予想されるのか、タイ国内での知財権はどのような状況なのか、在タイ支社としてはどのような役割を果たせばよいのか、考えるべきことはたくさんある。
本原稿は、磐谷日本人商工会議所発行の「所報」に掲載された記事を改変・転載したものです。
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