タイ王国の商標事情

第12回 タイの知財 模倣品取締りの現場 (経済警察)

東南アジアの知財というと残念ながら最初にイメージされる言葉が「模倣品の取締り」。 世界じゅうの国際ブランド企業が東南アジアに出回る模倣品対策に苦慮している(*1) 。もちろんタイの政府だって模倣品の商取引を黙認しているわけで ない。汚名返上すべく日々努力しているのだ。その取り組みの一 つが「経済警察」 ( ECID :Economic Crime Investigation Divisionの設置。知財の模倣品に対する取締りはこの部門が一手に引き受けている。今回、 JIPA ( 日本知的財産協会 )の ECID 訪問に便乗し、Commander であるMr. Suchart Kanchanavisesに経済警察の活動について伺った。

1. 経済警察ってなんだ?
経済警察という名前で親しまれているものの、正式名称は経 済犯罪捜査課だ。1955年に設立し、文字通り経済犯罪のみを 一手に扱っている部門。訪問販売やらインターネットを通じた悪 質な商取引などもこの部門が取り締まる。関税や所得税に関する 犯罪、金融犯罪と同様に知財の模倣品事の差押えもこの部門があ つかっているのだ (*1)

2. 模倣品の取締りの流れ
「模倣品をみつけたら、どうする?」

不幸にも自社商品の模倣品が街中で出回っているのをみつけ てしまったら?企業人たるもの何らかの対処をしなければなら ない羽目に陥る。 じゃあどうすればいいのか。

模倣品対策として考えられる方法はおおまかにいって4つ。 相手側には悪意がないようだ、あるいはそれほどひどい被害を受 けているわけではないので穏便にすませよう、まずは相手の出方 をみてから考える、などという場合には、「警告」手続を執るの がよいだろう。模倣品の氾濫がひどくて徹底的に対処したいと思うなら「民事訴訟」あるいは「刑事訴訟」を提起する。たいした 被害額でもないし一過性で特に問題ないとするなら「放置」する 場合だってありえるはず。


経済警察が模倣品対策の場面に登場するのは「レイド」の場面である。

もう少し分かりやすく説明しよう。タイは多数の国と陸続き。

直接中国と隣り合わせになっているわけではないが、ベトナム、ラオス、ミャンマーといった国を超えて多数の商品が中国からタイに入ってくる。 国境を超える際には、税関で輸入税を払わなければならない (*3) 。輸入税は、商品の取引価格によって異なる。高価な値段で取引されるものには、高額の税金がかかるし、安価な商品の税金もそれなりに安くてすむ。 つまり名も知れぬ小さな会社のシューズの方が、ナイキのシューズよりも関税が安いというわけだ。

そこで、悪質輸入業者が考えるのが、国境を超えるときにはラベルを挿 げ替えたり、ロゴをつけず「名も知れぬシューズ」を装って安い関税の支払いで潜り抜け、タイ国内に入った後に、「ナイキ」等の有名ブランドのロゴを付けた り、ラベルを元にもどして、販売するという方法だ。

これは輸入税の不正ケースであると同時に、知財権からすると立派な商標権侵害にあたるのだ (*4) 。もちろん不正輸入の取り締まりや税関当局の仕事である。が、税関当局だって基本的には税の徴収がメイン業務だから、正規輸入の形をとられるかぎり「ラベルの挿げ替えするんじゃないの?」 なんて調べることはまずないし、権利者からの要求、あるいは情報提供がないかぎり「これは模倣品だから輸入ストップ」するのも難しい。経済警察だってしかり。 同じ行政という立場から経済警察と税関が協力し合うことも多いのだが、どちらにしたって、模倣品か否かの区別をつけるための情報が必要であるのは同じこと。

3. 容疑者と面会?

経済警察にレイド(差押え)の申請を申立てめでたくレイドが行われたら、それで終わり、というわけではない。押収した物品が果たして本物なのか、偽物なのかの鑑定が火急的速やかに行われる。当然、告発者側が鑑定に立ち会う。 と同時に容疑者側は容疑に関する取調べを受ける。告発者側も容疑者側も双方とも興奮状態であろうことは容易に察しがつく。

4. リワード制度
模倣品対策を行う警察に対して報奨金を支払う Reward制度がある。えっ!取締は警察の仕事じゃないか、そんな当たり前の仕事に対して何故報奨金を払わなければいけないのか。 日本文化の感覚からするとそういった感覚を持つかもしれないが、この制度はタイの法律上きちんと認められている制度なのだ(*6)

この制度はそもそもワタナ大臣からの提案で著作権協会が著作権の模倣品の摘発に際して rewardを支払ったことに端を発しているとのこと。

(Mr. Suchart) 「この制度はもともと、大変な思いをして取締りにあたるECID の担当者に対し、報奨金を出してあげたらいいのに、という大臣の提案がきっかけとなった制度です。 が、現在は廃止されています。 ただし、今なお、海賊版 CD 1枚につき2 バーツの reward を求める制度を復活させようかという話が浮上しています。 具体化するかどうかは不明ですが。」

5. さいごに
模倣品対策を講じる際に、まず最初になくてはならないものが、自社の知財権とその権利内容に関する知識と情報だ。真正商品の製造業者、販売業者本人でなけ れば自社製品か模倣品かの区別はつかない。自社の知財権の内容、商品の特徴等を把握し、行政に正しく伝えることが差押のポイントとなることはまちがいな い。

また、実際の模倣品対策を講じる際には、地元の専門家( いわゆる法律事務所の弁護士、調査事務所)を利用する可能性が高い。彼らと模倣品対策を検討する際、また本社との連絡をとる際にも知財に関する知識をもっておくに越したことはない。

本原稿は、磐谷日本人商工会議所発行の「所報」に掲載された記事を改変・転載したものです。

注釈

(*1)
ECID に関する情報:Satorn Road, Bangrak, Bangkok 10500 TEL:+66 (0)237-1199 FAX: +66 (0)234-6806
URL<<http://www.ecid.police.go.th/ >>

(*2)
商務省知的財産局:
44/100 Moo 1,Sanambinnam-Nonthaburi Rd., Bangkrasor, Amuphur Nonthaburi, Nonthaburi 11000
TEL: 547-4621-25 FAX: 547-4691
URL http://www.ipthailand.org/Thai/Default.aspx >>

(*3)
ここでいう 輸入税とは、関税や、輸入売上税、特定消費税といった税の総称である。>>

(*4)
たとえば 自分で作った商品に他人のロゴをつけて売ったら、パッシングオフ( Passing off)と呼ばれる商標権侵害の一形態。 >>

(*5)
この国でのレイド事件の大半は著作権侵害。著作権侵害についてはADR(裁判外紛争解決手段)が採用されることが多い。それ以外の事件については訴追が必要であるとのこと。 >>

(*6)
Thai law:“Title 38, Incentives and Rewards, Chapter1, General Principles Concerning Payments and Rewards,”and is contained in the regulations of the Police Internal Manual; rewards for informers;and naturally, legal fees. なお、この注釈の裏づけはMr.Edward J.Kelly, Mr.David Lyman (Tilleke & Gibbins International Lt) の「Anti-Counterfeiting Campaigns: Strategies for Thailand」による >>

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