残念ながら、タイの技術水準はそれほど高くない。自国内で車やオートバイの生産ができない程度の技術力だ。だからタイで出回っている模倣品の多くは中国か らやってくる。水際対策といえば、まず税関。タイの税関ってどんな風に対処しているんだろう。というわけで、今回税関の実態を探るべくメーサイの税関まで 取材に行った。メーサイというのはタイ北部の地域でラオスとの国境沿いの町だ。バンコクから飛行機でチェンライまで1時間、さらに車で1時間ほど突っ走っ た先にある。
バンコク以外のタイの町はいずこもひなびていて、ぽつんぽつんと店が並んでいる程度なのだが、このメーサイは驚くほど発展している。こんな遠くにこんな開けた町があるなんて。商店街がしばらく続いた先に立派な門構えの国境がある。
国境沿いから少し離れた税関事務所で所長のMr. Potchara Sinsawasdにインタビューした。「国境を越えて入ってくるのは、中国製品が多いです。特にこの時期(冬)布製品とか毛布がメインですね。今年に 入って中国製品の流入は格段と増えました。我々の予想以上の貨物が中国から入ってきている状況です。」
輸入される製品のほとんどに、中国の商標がつけられているそうだ。高い関税を避け るため、国境を越えるまではなんてことのない中国の商標がつけられているが、国境を越えた後、ブランドの付け替えが行われているということも少なくない。 そんなことは百も承知の税関だが、一切ノータッチ。申告どおりの関税を徴収するのが精一杯。密輸のほうが重罪で、低額とはいえ税金を払ってくれる分だけマ シというわけだ。
「そもそも、関税の徴収、密輸の取締り、麻薬の撲滅が我々の主たる業務だから、知財の模倣品の水際対策なんてやった ことありませんよ。模倣品対策には、商標権者からの申告が必要ですが、今までそんな申告を受けたこともありませんし。予算もないし、事前の情報もない、だ から知財の模倣品対策に関する仕事なんてまったくないというのが本当のところです。」
-バンコクの中央機関から情報が入ったりするんじゃないんですか。
「中央からの情報なんて全くありません。バンコクからなんか言ってきたなんてことはないねえ。まあ、模倣品対策してほしいなんていう情報があればチェック しなければならないんだろうけど、現実的にはいちいちチェックする体制もないし、たくさんのものが運ばれてくるから、予算をしっかりもらって人員を確保し なきゃいけないでしょうし。そんな事態に陥ったことがないので予想もつきませんね。」
つまり、知財の水際対策なんて全くしていないってことだ。所長さんの驚くほど率直 な説明に唖然としつつも、タイだからバンコク本部にいえば対処できるなんて思ってちゃいけないと痛感する。中国からの輸入量が増えているなら、模倣品の数 も多いだろう。対処するなら今のうち。権利者側からの要求もないというのがメーサイ側の理解なのだ。対策を講じるためにはこちらの要求をきちんと伝えるこ とから始めなければならないと痛感。その一方、率直にいろいろ懇切丁寧に説明してくれる税関の人々の態度から、頼めばなんとかしてくれるのではという一縷 の望みも持てる。日系企業のみなさん、ちゃんと水際対策要求を地方の税関に訴える、そういう地道な努力が必要です。
一通りの説明を聞いた後、メーサイの国境税関の現場を視察させてもらった。バイク でひっきりなしに大きな荷物を運ぶ人たちがいる。いわゆる運び屋だ。小分けして税関を抜けるほうが、大量の輸入よりも関税が安くなるため、この運び屋を 使って日に何度も国境付近をうろうろさせるのだ。こんなことが行われているのは、税金より運び屋の人件費のほうが安いから。
税関の係員と運び屋さんの様子をみるかぎりでは、荷物の重さと物の種類を確かめ て、税金を徴収している。なるほど「いちいちチェック」なんて本当にしないんだ。税関側にしてみれば、ちゃんと税関に立ち寄って関税を払う彼らはよい人た ちで、反目すべき相手ではない。陸続きの国境が長く続くこの国では、軍隊、警察が24時間協力し合って取り締まりの強化を図ってはいるものの、国境沿いの 川幅も狭く、抜け道がいっぱいあるため100パーセントの効果はでていない。つまり密輸が盛んで後をたたないのだ。密輸業者の取り締まりが最優先だ。
最後に聞いてみた。
-国境を越えてくる一番の商品って何ですか。
「牛。生きた牛が一番かな。」
あっそう。のどかだねえ。